2013年9月2日月曜日

新宮子育園(幼保一体型施設)の実現に向けて

加藤俊介 

 前回は新宮市で始まった3年制幼稚園の問題を確認した上で、新宮子育園という幼保を区別しない施設の導入を提案しました。3年制幼稚園の開始については、「なぜ、今あえて3年制幼稚園か」理由が明確でないと指摘しましたが、今回はまず3年制幼稚園採用に至った経緯を市の「幼保一元化検討委員会[1]」の議論から確認したいと思います。そして、その後新宮子育園をどのようにして実現するのかを、市の現状を踏まえながら検討します。

1.幼保一元化検討委員会で行われた議論

 幼保一元化検討委員会(以下、検討委員会)は平成18年9月3日から平成19年2月25日まで計8回開催され、そこでの議論を基に、3年制幼稚園のきっかけとなる答申が市教育委員会へ提出(平成19年4月24日)されています。答申及び検討委員会の記録は市のHPに掲載されているので誰でも見ることができます[2]

<幼保関係に係る答申事項(抜粋)>
導入の理由が不明瞭であることを指摘した(1)の3年制幼稚園については、「現在、少子化の進展等によって、子ども同士のコミュニケーションや関係性が希薄になり、様々な問題が生じている。こうしたことから、幼稚園でも3~5歳児の異年齢保育の大切さが議論された。」と説明されています。また、上記の答申の直前には「これまでの歴史的経緯や現状の少子化等を勘案し、また、保護者の就業条件により『保育に欠ける・欠けない[3]』の区分を明確にし、3歳から5歳の異年齢の幼児教育の実施等、公私立を挙げて新宮市の教育と保育環境を整備すべく協議した結果」であると述べられています。
検討委員会では、新宮市のように5歳児のみの幼稚園は、全国で900園(全体の6.5%)であると指摘した上で、全国「標準」の3年幼稚園の制度に近づけようという方向で議論が進んでいます。しかし、全国的には幼保一元化の流れがあることは前回も述べたとおりで、これまで「標準」だったものがこれからも「標準」である可能性は低くなってきています。幼稚園と保育園を明確に区分すること、「保育に欠ける・欠けない」を明確にすることの意義について再考する必要があるのではないでしょうか。
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[1] 「幼保一元化検討委員会」とは、新宮市立小学校、中学校及び幼稚園の適正規模と配置等について審議する、新宮市教育環境整備計画審議会の小委員会であり、幼保一元化の可能性や3年制幼稚園の導入などについて議論が行われている。
[2] 「新宮市教育環境整備計画審議会」(http://www.city.shingu.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=18949 なお、第8回幼保一元化検討委員会(平成19年2月25日)の記録は未掲載。
[3] 単純化すると、保育に欠ける=親が働いている、保育に欠けない=親が働いていない。保育に欠ける場合は保育園を利用できるという考え。


現在、国が先行して「子ども・子育て会議[4]」というものを開催し、平成27年度からの新たな子育て支援制度の検討を重ねています。その中では、これまで別々の給付を行っていた認定こども園・保育園・幼稚園の給付を共通化し、財政面での一本化を図ろうとしていますし、「保育に欠ける・欠けない」という言葉も今後は使用しないようです。また幼保が一つとなる認定こども園の役割が強調される傾向があり、全国的な政策との整合を考えても方向は幼保の一元化であると言えます。
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[4] 内閣府「子ども・子育て会議」(http://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/kodomo_kosodate/)


新宮市の検討委員会に出席した委員の中には、3年制の幼稚園の導入について、「幼稚園側でどんな問題があり、解決できないのか。問題がなければ、今のままでよいのではないか。」や「理想的な教育、子どもにとって一番良い方法を考え、その後、制度に合わせていけばよいのではないか。」という意見もありましたが、検討委員会の記録を見る限りでは3年制幼稚園を実施することが前提にあり、導入を巡る「議論」は行われていないように見えます。検討委員会の記述を通して見ると3年制幼稚園導入に関する有効な理由は「継続的な保育・教育」にあるようです。つまり、1年制の幼稚園では子どもの成長に合わせた対応が十分にできないから、3年間の時間を掛けて子どもをみようということです。確かに1年制幼稚園を単独でみればこの考えは理解できますが、新宮特有の「学校の幼稚園」という視点では7年制小学校という捉え方もありますし、新宮子育園の提案のように、既存の保育園をベースとした継続的な保育・教育という別の選択肢が議論されても良かったのではないかと思います。というのは、答申の中には(4)の私立保育園も5歳児の保育を検討する、というものがありますし、別の部分では「幼稚園・保育園で同質の教育、保育を受けられる就学前環境を目指す」ということが謳われており、これらを合わせれば保育園をベースにした幼保一元化の選択肢が出てくると思うからです。 
 ここまでで主張したいことは、3年制幼稚園導入そのものの理由もそうですが、検討委員会の過程で様々な選択肢が検討されて結論に達したかどうかということです。本レポートの作成に当たり、多くの方の意見を伺いましたが、そこで気づかされたことは我々行政職員が思う以上に保護者の方をはじめとする当事者の方は深い意見を持っているということです。インタビューをはじめた当初は、新宮の幼保関係は私が理解していた関係とあまりに異なっていたため、特殊な幼保関係が成り立つ理由が分かりませんでしたが、そこには制度だけでなく、その利用に深く関わる利用者の気持ちやイメージがありました。特に「学校の幼稚園」に対する気持ちは強く、インタビューでも「学校の幼稚園」という制度は残して欲しかったという意見がありました。60年間学校の幼稚園が続いてきたのにはそれなりの理由があるのです。答申の(2)の事項には、保護者の就学前教育としての意識を変えるため、幼稚園を学校敷地から切り離すとあり、また検討委員会の中では「今までは小学校の敷地内にあるので、幼稚園に入りたいとうのが新宮の考えだったが、2~3年の保育の幼稚園を選択できる力を養っていかなければいけない。」との意見がありますが、インタビューをした保護者の方は例外なく、子どものことを第一に考えた「最善」の選択を悩みながらしていると言えます。
 関連して現在、オープンガバメント[5]という考えが広がりつつあります。オープンガバメントとは「透明性(transparency)」「国民参加(participation)」「官民連携(collaboration)」という言葉をキーワードとして、簡単に言えば社会や地域の問題を政府だけではなく、情報を公開した上で、広く国民と協力して解決しようという考えです。地域の問題は役所だけで解決する必要はありません。地域の問題は地域で解決すれば良いので、広く住民から意見や知恵を募ればいいと思います。保護者の方は子どものことを本当に考えているということをインタビューで教えられました。心底子どものことを考えている人からの意見は大変貴重です。その意味で、「深く考えている人が常にいる」子育て分野は、とりわけオープンガバメントに向いており、問題に関する情報を分かりやすく公開した上で、住民参加の機会を与えるべきだと考えます[6]。インタビューの中で、「役所はいつも決まったことだけを住民に伝えて、事前に相談をしてくれない」という意見を聞いたときは、私も常にこのことを覚えておかなければならないと思いました。
 次項では、前回提案をした新宮子育園制度の実現について記述します。この仕組みは新宮市では実行可能だと考えますが、これも複数ある選択肢の一つとして、最終的には住民の方を交えた議論の中からより良いものが選択されればいいと思います。新宮市では1027日に市長選挙が行われますし、先ほど触れた平成27年度からの新たな子育て支援制度に向けて、新宮市でも「子ども・子育て会議」が開催され検討が重ねられます。子育ては重要な争点の一つです。とりわけ幼保関係の独自性が高く、待機児童の問題が生じていない新宮市では全国標準ではなく、市民のことを考えた制度づくりが求められます[7]。新宮子育園の提案が、新宮市の幼保関係の議論のきっかけとなれば幸いです。
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[5] Microsoft社の説明が分かりやすいので、参考にURLを紹介します。
[6] 米国コラムニストのジェームズ・スロウィッキー氏が著書「『みんなの意見』は意外と正しい」で論じているように、一般の人々の知識や判断による「集合知」は、少数のエリートの判断より正しい結果を導き出す可能性が高いことは実証されている。(既掲Microsoft webサイトより引用)
[7] NHK解説委員室:子ども・子育て会議の解説(http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/166132.html



2.新宮子育園の導入方法について

 新宮子育園実施のポイントは、受け皿となる保育園の施設整備、既存幼稚園施設の活用、待機児童への配慮です。

 (1) 保育園の新宮子育園移行に伴う施設整備
新宮子育園は実質的には現在ある保育園を主体として、これまで5歳になると幼稚園に転園していた児童を引き続き受け入れ、幼保の区別をなくすものです。ですから、増えた児童を受け入れるだけの施設的な余裕が既存保育園にあるかどうかが問題となります。現状で受け入れが可能な施設もありますが、スペースが足りない保育園については拡張をしなくてはなりません。新制度のために施設を建て替えるのかという話ですが、制度のために施設の建て替えをするわけではなく、施設の建て替えに合わせて多少の拡張をすればいいという考えです。というのは、新宮市内にある10の保育園はたづはら保育園を除いて、昭和56年の建築基準法改正前、つまり耐震基準が強化される前に建てられており、耐震性が万全とは言えず、建築年数だけをみても建て替えをする時期に来ています。最も新しいたづはら保育園が建て替えを計画していますから、他の保育園も順次建て替えを行っていい時期に来ています。さらに、本年11月に耐震改修を強調する改正耐震改修促進法が施行[8]されという流れを考慮すれば、保育園の耐震化も一層求められるのは言うまでもなく、そう遠くない将来にすべての保育園が建て替えをされるはずです。
保育園の建て替えについては、その公益性から多くの補助金が支給されますが、私立保育園の持ち出しも負担となることがネックです。新宮子育園の考えは保育園にとっては入所児童が増えるものですから、経営上プラスとなりますが、施設の建て替えには市のバックアップがやはり必要だと思います。
 そこで提案です。東日本大震災であれだけの被害を受けた今、子どもの安全を守るために耐震性を強化に寄与する建て替えは市としてもサポートする大義があります。また、新宮子育園が実行されれば、全国に対して新宮市が子育てに力を入れていることをPRでき、取組みとしても注目を浴びることが期待され行政の視点でも様々なプラス効果がもたらされると予測されます。ですから、私立保育園に対しては新宮子育園制度への協力要請する代わりに、通常の補助金に上乗せした補助金を施設整備のために支給できると考えます。それをインセンティブとして順次施設の拡張と子どもの継続的な受け入れを行うのです。
 補助金に上乗せする財源の捻出ですが、子どもの安全という観点から他の予算に対して優先的に配分されるということもあっていいと思いますが、より具体的な財源確保の方法を示します。それは、公立の大浜保育園と熊野地保育園を統合し、新たな保育園を蓬莱小学校の跡地に建設する計画をやめることです。新たな公立保育園の建設には2億円程度の費用が掛かるとされています。新園舎を建てないことで2億円の財源が捻出されるので、それを私立保育園の建て替え補助金として配分するのです。新宮子育園制度では公立幼稚園は順次閉園されます。一番の問題は3年制幼稚園の開始に伴って建設された丹鶴幼稚園です。施設も新しく、また検討委員会を経て建設された幼稚園ですから、対案なしに閉園することはありえないでしょう。ですから、公立の大浜保育園と熊野地保育園は統合して、丹鶴幼稚園の施設を利用し、新たに新宮子育園を開園するのです。また、蓬莱小学校の跡地はマリア保育園とたづはら保育園から徒歩数分の距離にあり、民間保育園の経営という観点からも公立保育園を建てる場所として適切ではありません。

 (2) 既存幼稚園の活用と待機児童の防止
 既存の王子幼稚園と三輪崎保育園は適時、閉園することになります。三輪崎保育園については、三輪崎地区は生活圏が異なるので1年制幼稚園として残すという方法もあるかもしれませんが、それは住民の意見を尊重して決定すればいいと思います。王子幼稚園は、他の保育園が新宮子育園に移行する過程で必然的に児童が減少するので、存続は難しいと思います。もし、存続できるとすれば新宮子育園の5歳児のイメージづけが不十分ということですので、新宮子育園の5歳児クラスが「学校の幼稚園」のイメージを上回るよう一層の努力が必要です。ただ、王子幼稚園の存在はとても重要です。ある日を境に既存の保育園が一斉に新宮子育園に移行することは、施設整備の必要性から考えても不可能なため、子育園制度が市街全体で実施されるまでは王子幼稚園が大切な受け皿となります。同時に、王子幼稚園の定員及び統合保育園の丹鶴幼稚園への移動時期を調整することで待機児童を生じさせないように注意する必要があります。
 
 以上は、新宮子育園導入に関する一つの案です。中盤でも示したとおり、新宮市は1027日には市長選を控え、また平成27年度から開始される新たな子育て制度の導入に向けて子ども・子育て会議を設置するなど、まさに今後の新宮市の子育て環境を左右する重要な局面を迎えています。新宮市のこれまでの子育て環境は、全国「標準」とは異なっています。異なっているものに全国「標準」の制度をそのまま組み込んでもうまくいくとは思えません。新宮市のこれまでの良い部分を活かしながら、より良い子育て環境を考えていくことが必要です。その作業は国や県ではできません。新宮の子ども・子育て会議を中心として、新宮市民のみなさんが様々な選択肢を検討しながら作っていくものだと思います。
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[8] 国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の一部を改正する法律案について」(http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000388.html