2013年8月22日木曜日

新宮市の特異な幼保関係について(2)


加藤俊介


 前回は新宮市の幼保関係を整理しました。その中で、通常は横の関係にある幼稚園と保育園が新宮市おいては縦の関係である種融合していること、つまり保育園に行った後、小学校に入学する前に1年制の幼稚園に行くことが一般的な選択肢であることを確認しました。ここでのキーワードは「学校の幼稚園」です。1年制の幼稚園は小学校に隣接しており、そこで小学校に入る前の準備を行うのです。5歳児になったら、小学校にスムーズに入学するために「学校の幼稚園」に行くという感覚が住民の間に浸透していることが、インタビューを通して強く伝わってきました。前回も触れたように、保護者の方の中には子どもを「学校の幼稚園」に通わせるために、仕事を短縮したり、あるいは辞めたりする方がいます。このことは、新宮市において「学校の幼稚園」に行かせることが如何に重要なことであると考えられているかを示しています。
 本レポート作成に当たっては幼稚園に通った方、また継続して保育園に通った方、双方・複数人のお話を伺いました。その印象としては、「小学校に行く前には幼稚園に行くのが普通」という感覚が新宮市の保護者の間で広く共有されており、特に何世代かに渡って新宮市で暮らしている人の間では5歳児で保育園に残ること、つまり「学校の幼稚園」に行かないことはイレギュラーであると受け止められているようです。私はそろって「学校の幼稚園」に行くというこの選択はイメージによる影響が強いと感じました。それは掴みどころのないイメージよるものではなく、小学校の前に幼稚園に行くことで一定の「効果」が得られているとも考えます。例えば、インタビューでも直接お話しがありましたが、幼稚園に行くことで、子どもが小学校に入った時点で、先生の話をしっかりと座って聞くことができたり、時間を守って行動することができるようになったりするようです。もちろん、個人差はあるでしょうが、全体的には保育園に残る場合よりも、幼稚園に行く場合の方が、このような行動が出来るようになる傾向があるようです。しかし、先に言ったようにこれはイメージによるところが強いと私は考えています。というのは、確かに小学校の初期の段階では幼稚園に行った子の方が、しっかり座って話を聞くといった行動が得意になることはあり得ると思いますが、それはそのような訓練を幼稚園で先んじて行ったからできることにすぎず、小学校に入って同様の教育を受けていく中でその差は無くなって行くはずです。また反対に保育園に残ったからこそ得られたものもあるのではないかと思います。 
 新宮市の幼稚園にはついこの前まで校区が設定されており、幼稚園に行った子がそろって同じ小学校に入園するということも、友達づくりの観点から幼稚園に行くことを推進した要因です。しかし、これも長期的に考えてみれば大きな違いを生みませんし、仲のいい友達と一緒の時間を過ごすことも大切である一方、新しい友人を作る機会を得ることもまた大切です。私の経験からも同じ幼稚園に通っていた子だから小学校でも仲良くしていたという記憶はありませんから、これも小学校へ入学した初期において影響するものにすぎないと考えます。
 新宮市の幼保関係は非常に特異なものですが、私はこの仕組みを肯定的にとらえています。しかし、近年、長年続いて来た新宮市の特異な幼保関係が変わりつつあります。そしてその変化には問題も含まれていると考えるため、次項でその問題点を指摘した後、対する改善策を提言します。その際、これまで確認したような新宮市民の間で共有されている幼保関係に対する「イメージ」が重要なポイントとなります。

 

1.3年制幼稚園の導入

 平成24年に3年制の丹鶴幼稚園が開園したことにより、新宮市の幼保関係に大きな変化が生じています。同時期に幼稚園の校区制度及び学童保育の利用が中止されたこともまた大きな変化です。これらにより、新宮市においては、前回確認した幼保の縦の関係及び全国標準の横の関係が併存することになりました。


 一つ目の問題点は、全国的に幼保一元化が叫ばれる中、なぜ今あえて3年制の幼稚園を導入し幼保を区別する必要があるのかが不透明であることです。確認できた理由としては、学識経験者が出席した「新宮市教育環境整備計画審議会」より3年保育を実施する幼稚園が必要と答申されていることや、利用者が「保育に欠ける」状況かどうかを明確にするということがあります。しかし、これは1年制幼稚園が定着し、一体的な幼保関係を築くことに成功している新宮市において「なぜ、今あえて3年制幼稚園か」という問いかけに対して正面から回答するものではありません。もっと言えば3年制幼稚園の導入は行政という供給者の視点では説明が行われているように見えますが、利用者という消費者の視点では説明が不十分です。保護者の間では3年制幼稚園の有用性があまり理解されていないようでした。
 二つ目の問題は、3年制幼稚園の導入における手続きが緻密に行われなかったことです。保護者、特に来年度から幼稚園を利用したいと考えている保育園在籍者、に対する新幼稚園(以下、丹鶴幼稚園)に関する説明が十分に実施されていませんでした。このことは、新宮市HP行政情報に掲載されている「新幼稚園就園希望保護者からの質問と回答[1]」から確認できます。役所は事前に新幼稚園に関する説明を行っていたのかもしれませんが、それが保護者には浸透していなかったようです。3年制幼稚園の導入をめぐって教育委員会と保護者の間で行き違いが生じた最大の理由は、当初の丹鶴幼稚園の5歳児定員が50人と少なかったことです。新宮市では幼稚園に行くことに対して強い「イメージ」があることは確認しました。これまでは、誰でも希望すれば「学校の幼稚園」に行くことができる環境がありましたが、3年制を採用する丹鶴幼稚園では3,4歳児を受け入れる影響から5歳児の定員が縮小され、さらに校区も撤廃されたことも相まって、入園希望者に対して5歳児の定員が少ない状況が予測されました。幼稚園の定員が十分でないことは、一部の児童が5歳児になっても幼稚園に行けないことを意味し、実質的に「学校の幼稚園」に期待する教育が受けられないということですから、新宮の幼保関係のイメージを強く持つ保護者にとっては重要な問題となります。結果的には、保護者からの訴えもあり丹鶴幼稚園の定員が拡大され5歳児の入園希望者は全員受け入れが可能となりましたが、教育委員会は当初から新宮市の特異な幼保関係に注意を払い、保護者の意見を聞きながら定員設定を行うべきだったと考えます。というのは、定員の問題は最終的に解消されましたが、定員を拡張したことにより一人当たりの児童が利用できるスペースが縮小されるという弊害を残してしまっているからです。この問題の背景には、行政側で幼稚園担当課と保育園担当課が分かれているために、幼保環境に関するコミュニケーションが双方で十分に行われていなかったことがあると考えます。

[1] 「新幼稚園就園希望保護者からの質問と回答 」新宮市HP (平成25819日アクセス)



2.新宮市幼保問題に対する改善策の提示

 以降では、これまでの内容を踏まえて幼保問題に対する改善策を提言します。







  (1) (仮称)新宮子育園の創設
 確認した問題及びこれまでの新宮市の幼保関係を踏まえて、新たな保育制度、(仮称)新宮子育園<こいくえん>の設立を提案します。これは、幼保一元化の流れを汲むもので、3年制幼稚園導入以前の幼稚園と保育園が縦の関係にある新宮の特色を活かしたものです。端的に言えば、住民の視点に立ち幼稚園、保育園という区別を撤廃し、新たな施設を新宮子育園としてスタートさせるものです。実施形式としては、市内の幼稚園を廃止しすべての子どもが5歳児になっても継続して保育園に通い、その後小学校に進学するものですが、重要な点は新しい施設では幼稚園や保育園という従来の「イメージ」を越えて、「新たな子どものための施設」というイメージを形成することです。ですから、特に5歳児相当の年次では「学校の幼稚園」以上の価値の提供に努めなければなりません。 


 この新宮子育園という幼保一体化の仕組みは、これまで特異な幼保関係が成立してきた新宮だからこそ成立し得るものです。全国的に幼保一元化に取り組もうという流れはありますが、幼稚園と保育園が明確に独立・分離してきた背景から、幼保が一元化した形態に移行したくてもできないでいます。さらに新宮市では、幼保の棲み分けが行われていたことに加えて、幼稚園(丹鶴、王子、三輪崎)がすべて公立という特徴があります。これは幼保の区別のない子育園の成立を目指す上で非常に有利に働きます。なぜなら、幼保一元化を目指す際には、幼稚園か保育園のどちらかをベースにして統合する、すなわちいずれかを実質廃止する(または新規施設を設立する)必要があり、市内全体で幼保を統一するには既存組織(私立)が大きな障害となるからです。新宮市にある幼稚園はすべて公立です。ですから、幼保を統一するハードルは他地域と比べて格段に低いと考えられます。
 
 (2) なぜ新宮子育園が必要か?
 同じ子どもを幼稚園と保育園で区別するのは供給者側、すなわち行政側の都合に過ぎません。そうなった沿革的な理由はあるにせよ、消費者側の視点からそれを保持する前向きな理由はもはやありません。全国的に幼保を統一する流れにありながら、実施したくてもそれができないでいる背景については先ほども触れました。一方、新宮市には幼保を統一できる環境が整っています。もし、新宮市がこの環境を活用し、全国に先駆けて一部分ではなく市全体で幼保を統一することに成功すれば、それは住民だけでなく他地域に対しても「如何に新宮が子育てに力を入れているか」をアピールすることになります。全国でやりたくてもできないことを新宮が高いレベルで実施するというのは、地方分権の画期的な事例となるのではないでしょうか。

 (3) 新宮子育園の実現に向けて
新宮子育園は利用者の視点に立って、実現されなければなりません。新宮子育園が成功するためには、子どもは幼稚園と保育園という区別なく、継続的な保育・教育を「学校の幼稚園」以上の価値で受けることができるという前向きな「イメージ」を形成することが重要です。
新宮市では元々幼稚園と保育園が縦の関係で融合していることは繰り返し述べています。ですから、利用者の視点に立った子育て環境を整えるために、まずは幼稚園と保育園を区別している行政側が変わる必要があります。それは学校教育課と子育て推進課の統合です。他の自治体では幼保一元化を見据えて教育委員会と市長部局を超えた幼保担当課の統合(新宮市における学校教育課と子育て推進課の統合)が進んでいます。新宮市も早急に幼保担当課を統合し、全体的視野を持って、市民のための子育て環境の向上に努めるべきだと考えます。